商品番号  0066
在庫  在庫あり
サイズ  14.00 x 23.00cm
6,480円
税別  6,000円

今月の作品は四条派風の絵で、浮世絵がくっきりとした明確な線で描かれるのに対し、とても絵画的です。署名は「山方」となっていて、「写」という文字が加えてあるので、無名の絵師によるものを山方が写したのか、あるいはその逆に山方の作を誰かが写したのか、本当のところは知る由もありませんが.....


右側にある絵は、そっくりそのまま復刻しています。原作では(今ここにあって)書の部分が左にずらりと続くのです。つまり、前書きとそれに続いて狂歌が35句あり、甲寅年とあるので、1854年に作られたものと推測できます。おそらく、句会の集まりを記念して作られたもので、良い句がたくさんできた思い出として参加者達が作ったものでしょう。


この絵の細部を観察して、どんな会だったのかを考えるのも構面白いものです。赤い塗り物の机、陶器の模様、高さのある飲物用のグラス....こういったひとつひとつの物が、中国料理の会食であったことを伝えています。でも、年代を思いだしてください、製作は1854年で、黒船に乗った米使ペリーが最初に浦賀にやってきて日本に開港を迫った、その翌年です。とすると、1年後にはもう横浜に中国料理店が開かれていたのでしょうか。さあ、私にはわかりませんが、江戸時代の日本が完全に外国から閉ざされた国であった、という印象があるとしたら、それは違っているようです。輸入商品は長崎の出島から細々と流通して来ていて、摺物に興味のあるような人達は、外国からの珍しい品を手に入れる事のできる富を持ち、また、そんな立場にもあったということがわかってきます。手許にある江戸時代の摺物関係の本を繰ってみると、こういったことを示唆する箇所がたくさんでてきます。1800年代初期の作品には、ペルシャの時計、望遠鏡、それに韓国のインコが描かれていますし、1820年代の大阪には輸入品店があったという事も記されています。


ブル・デービッド 平成13年6月