赤とんぼ
これは 1788年から1790年にかけて作られた、自然をテーマとした絵入狂歌本にあった喜多川歌磨の作品です。この作品の製作には、まだ試した事のない摺りの技術が必要で、腕試しの良い機会でした。まず、絵の背景に砂子がちりばめてあります。これは書道用の紙にはよくありますが、版画では珍しいものです。もうひとつの特殊技術は、とんぼの羽に用いた雲母の使い方です。これはとても効果的で、試し摺りの一枚目を見た時には、紙の中からとんぼが飛び出して来るかと思えるほど、まるで本物のようでした。
こういったキラキラする材料を使うのには、ちょっと複雑な思いがあります。ともすると、安っぽくなるからです。でも、摺物には金、銀、真鍮、銅など、粉末状の金属を使っているものが多いので、要は頃合の判断にあるようです。使い過ぎないよう、的確な場所に適量だけを....。
原本では、ひとつひとつの昆虫は歌と組みになっています。この歌の作者は歌磨と交友の深かった朱楽菅江(あけらかんこう)で、彼の歌は歌磨の他の本にも載っています。
しのふより聲こそたてね赤蜻蛉
とのかおもひに痩ひこけても
江戸の中期、この本を買った人達は当然、歌の好きな好事家達で、絵も歌も両方を重要視していました。でも私達は、時の流れと共に歌の持つ微妙な意味合いや背景が薄れてしまった文化の中に暮らしているので、歌は文字として描かれた視覚的対象で、絵の一部として見ているのです。